インディゴのつぶやき, 降りてくる言葉たち

時に人は占いを信じすぎることがある

時に人は占いを信じすぎることがある

占いが当たるからといってそれが全てというわけではない

ほとんど、大体は受け手側の受け取り方次第である

あなたの意識・思考・感情・肉体・魂・精神の状態がすべての物事に反映される

人間は本来、創造するものであり、

物事をすべて自分の意図をもって、

オリジナルを自分で創り上げることができる力を持っている

力の使い道をあなたは自分の意志で選択することができる

 

宿命といったあなたの標準装備は変えることはできない。

 

資質・性質といったものは生まれて持ってきたものであり、

実の両親を換えることもできないし、

名前を変えることができたとしても、

出生時に届け出た最初の名前を変えることはできない。

 

大切な事は、あなたが本来持っている才能を最大限に発揮し、

肉体を持った限られた時間の中で、

いかに自分が望む方向に自分の人生を転換し、

いかに自分を本来の姿へと戻し、

あなたの魂が放つ輝きを使って、

本来のあなたとしてありたい姿に戻していくかということである。

 

あなたが本当の自分になりたいのなら

本当ではない自分を脱ぎ捨てる必要がある

 

脱ぎ捨てて行くその勇気を持ち、

立ち向かう勇気を持ち、

自分を肯定する勇気を持ち、

他人を尊重しながらも、

自分を尊重する勇気を持つことである

 

否定の中に喜びは生まれない。

差別の中に喜びは生まれない。

比較の中に喜びは生まれない。

闘争の中に喜びは生まれない。

 

人はエゴを持っている

 

エゴによって人と比較したり、

環境から教え込まれたことに対して

自分がそぐわないことに葛藤を覚え、社会的承認を求める

 

社会的な承認はあなたにとって、何の価値があるのだろうか?

 

他人から認められていても、

自分が自分に嘘をついていれば、

例えば究極的な話、あなたが人を殺したとして、

それをずっと黙って生きていたのなら、

あなたは罪の意識にさいなまれるであろう。

 

つまり、

あなたが自分に嘘をつくということが、

最大の罪であり、

 

他人にどう思われるのか?というのは

あなたの恐れからくる感情なのである。

 

あなたが自分のことを信頼できるのか?

あなたは自分のことを尊敬できるのか?

あなたは自分の全てを受け入れることができるのか?

自分の欠点すらも愛することができるのか?

 

そして自分が誰か違う誰かになろうとするのではなく、

自分自身というそのものの存在とあり方を受け入れること。

 

そして、

 

自分であると言うことがどれほど素晴らしいかと言うことを

自分に認めていくということ

 

他人があなたになんというかは全くあなたには関係ない。

 

他人が何か言う事は、あなたの内側の投影である。

 

あなたを試すために、試練のように

他人が何か言ってくることがある。

 

そこであなたがくじけてしまうかどうか、

それはあなた自身の内なる神があなたを見ているのである。

 

あなたが自分に嘘をつかず、

自分に正直になって、

そして本質的に、自分を尊重し、相手を尊重し、

 

世界や自分や周りが調和した、

愛と祝福に満ちた世界を築きあげて行こうと、

自分の内なる力を使っていくと、

あなたが自分に誓いを立てるのなら、

あなたらしいあなたらしさで

この世界にあなたは貢献していくことができる。

 

ひとりひとりに備わっている

才能、個性、素晴らしい魅力、

そういったものがすべて同じ人は1人もいない

 

才能や個性、素晴らしい魅力を外に出していくこと、

そしてそれが好きで続けているだけによってもいいし、

もちろん仕事にすることでより世の中の役にたつことができる

 

なぜみんな我慢して生きているのだろうか?

 

みんなが得意なことをしていれば、

そして自分のやりたくて、楽しくて、

そして誰かが苦手なことを自分がやってあげられれば、そう

 

そうやって相手が苦手なことを補ってあげて、

自分が苦手なことを相手に補ってもらって、

そういう世界が調和に満ちていると私は思う

 

何かができないとか

何かが苦手だとかそういう事は関係ない

 

そういった尺度で自分を判断するのなら、

あなたは他人も自分も幸せにすることができない。

 

何かができないからといって、それがどうなんだ?

全てができる人間なんてどこにもいない。

 

完璧な人間はどこにもいない。

完璧に見えたとしても、それは完璧に見えるだけである。

 

本当に完璧なのは

唯一無二のあなたの中にある内なる神だけである。

 

得意不得意、好き嫌い、向き不向き、

そういったことさえもあなたの個性だ。

 

過去に何をしたからとか、

過去に何かしなかったからとか、

あなたが見ているその世界は判断の世界だ。

 

あなたは唯一無二の自分というたった一人の存在を、

できない部分を含めて、

見たくもない部分を含めても、

すべてを愛することができたのなら、

すべてを受け入れることができたのなら、

あなたは本当のあなた自身を取り戻したといえる。

 

あなたは自分を愛せるか?

 

あなたは自分の醜さや嫉妬深さ、

怠けた部分まで愛せるか?

 

惰性ではなく、本当に自分を真正面から受け入れることができるだろうか?

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